▼2013年1月10日、モスクワのジュコーフスキー空港で撮影された中国空軍のIL-76MD。新型のロービジ塗装が施されている
旧ソ連の4発ジェット輸送機。An-12(NATOコード:Cub/カブ)の後継機として40~50t級のペイロードを持ち5000km級の航続距離を持つ要求仕様が提出され、1960年代後期から開発作業が始められた。原型機IL-76は1971年3月25日に初飛行した。1975年から量産が開始され、軍用型IL-76Mがソ連空軍で運用開始、次いで1977年から民間型IL-76Tがアエロフロートに就航した。IL-76シリーズは旧ソ連・ロシア空軍の輸送機戦力において主力機の1つとして運用され、現在に至るまで改良型の開発が続けられている。
主翼は300㎡と大面積で25゜のゆるい後退角を持ち、全翼幅にわたる前縁フラットと後縁の3段フラップからなる強力な高揚力装置を装備し、良好な離着陸性能により不整地や短い滑走路でも運用できる。エンジンはD-30KPを4基、ソ連の実用機としては初めてパイロン方式で装備した。ランプ部分を含めて長さ24.54mの貨物室と後方貨物扉を持ち、下側の扉はランプ兼用で車輌の自走乗降や、貨物や車輌を積載したパレットの空中投下が可能である。全天候運用を可能にするため気象レーダーを機首に、航法レーダーを機首下面に装備し、自動操縦装置や自動着陸装置なども備える。その一方で機首には窓付きの航法士席も設けられている。主脚は4本の脚柱に各4個の車輪を持ち、90゜ひねってバルジ内に引き込まれる。胴体尾部には23mm連装機関砲銃座を自衛用に装備する事が可能。
【中国におけるIL-76】
1980年代末にソ連との関係を改善した中国は1990年に2機のIL-76MDをソ連に発注した[3]。IL-76MDはIL-76TDの軍用型で、最大ペイロードと燃料容量が増加している。IL-76MDも自衛用の23mm機関砲の搭載が可能だが、中国が購入したIL-76MDは尾部銃座のないタイプだった[3]。この後、1992年と1998年にIL-76MDの追加発注が行われ、合計14機のIL-76MDが調達された。この内4機はKJ-2000早期警戒管制機(空警2000)のベース機体として使用された。これら14機とは別に尾部座席付きIL-76にロートドームを装備した機体が、上海の中国第1飛機設計研究院で組み立て、展示されているのが撮影されているが詳細は不明である。IL-76MDは中国空軍にとって初の大型軍用輸送機であり、これまで十分とは言えなかった遠隔地への空中輸送能力を大幅に向上させるものであった[3]。これらの機体は湖北省に基地を置く中国空軍第13師団(13師)に配属され、輸送任務に従事している[3]。
中国は戦略輸送能力強化のため、2005年にロシアとの間でIL-76MD輸送機とIL-78給油機を合わせて38機を10~15億ドルで購入する契約に調印した[4]。契約では2007年からの納付の予定であったが、IL-76/78を生産していたウズベキスタンとロシアとの関係悪化に伴い、中国向けIL-76/78の生産が出来ない事態が発生した。イリューシンはロシア本国のウリヤノフスク市に生産工場を移転することを計画しているが、その場合納付は2010年にずれ込むこと、生産コストもここ数年のインフレ要素もあってさらに4~5億ドル増加することが避けられないとした[5]。IL-76/78の納入トラブルは数年間に渡り中露間の懸案として解決が模索されたが、結局中国はこの契約をキャンセルすることになった[6]。しかし中国空軍にとって戦略輸送能力の強化は重要な問題であることに変わりなく、2011年になってロシアから中古のIL-76を3機調達したことが明らかになった[6][7]。このうち1機のIL-76TDが2012年8月に中国空軍の塗装を施した状態で撮影されている[6]。さらに2012年にはロシアなど旧ソ連諸国から合計10機のIL-76MD/TDを調達したとの情報も出たが[6][8]、こちらについては同年11月29日に中国国防部が公式に否定声明を発表している[9]。
現在、中国はY-20大型輸送機の独自開発を行っているがその実用化にはまだ時間を要するため、当面の間空軍の戦略輸送任務はIL-76が担う状況が継続することになる。
■性能緒元
重量 | 89,000kg |
全長 | 46.59m |
全幅 | 50.50m |
全高 | 14.76m |
エンジン | アビアドビガーティリD-30KP 12,000kg ×4 |
最大速度 | 850km/h |
巡航速度 | 780km/h |
航続距離 | 7,300km |
上昇限度 | m |
武装 | 23mm連装機関砲(中国空軍のIL-76MDは未搭載) |
乗員 | 7名 |
【参考資料】
[1]別冊航空情報 世界航空機年鑑2005(酣燈社)
[2]Jane's Defence Weekly
[3]Chinese Defece Today「IL-76MD Transport Aircraft」
[4]Kojii.net
[5]プラウダ電子版(英語)「Russia does not mind refusing from a billion dollars contract」2007年5月24日
[6]Chinese Military Aviation「IL-76MD/TD Candid」
[7]SIPRI Arms Transfers Database
[8]bmpd「Новые Ил-76 ВВС НОАК」(2012年11月17日)
[9]中国国防部公式サイト「2012年11月国防部例行记者会」(2012年11月30日発布)